onewanのメモ帳

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サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」

この記事は、「日曜数学Advent Calendar 2020」の11日目の記事です。

adventar.org

昨日10日目の記事はtriprodさんの「アイゼンシュタインによる平方剰余相互法則の証明について」でした。

mathlog.info

はじめに

 表題のとおり、サイモン・シン(Simon Singh)著の「フェルマーの最終定理」を読んだのでその紹介をしたいと思います。

フェルマーの最終定理

 フェルマーの最終定理とは、フェルマーディオファントスの「算術」の余白に記した以下の予想*1を指します。  X^{n} + Y^{n} =Z^{n} , 3 \le n \in \mathbb{Z}を満たす正の整数の組(X,Y,Z)は存在しない。

 ここに書かれている主張は極めて単純明快で、中学生でも理解できます。しかしながら、この問題が約350年もの間誰にも解かれず、現代数学の粋を集めて1994年にアンドリュー・ワイルズによって証明されました。

この本を読んだ理由

 私がフェルマーの最終定理を知ったのは中学の頃でした。学校の図書室できまぐれに手に取った数学読み物系の書籍で出会いました*2

 その本には、ギリシアの三大作図問題(円積問題、立方体倍積問題、角の三等分問題)と共にフェルマーの最終定理が載っており、前者は定規とコンパスで作図できないということが書いてあり、後者は350年ものあいだ誰にも証明されていないと書いてありました*3。実は驚くべきことに、350年解かれていなかったフェルマーの最終定理は、この本を読んだ時点でアンドリュー・ワイルズ(Andrew John Wiles)によって証明されていたのです。

 その後、いつのタイミングかは覚えていませんが、サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」が日本語で出版されていることは知っていましたが、ずっと読むタイミングを逸していました。ちなみに、上述のフェルマーの最終定理を知った丁度その年にイギリスで原著が出版されていたということを最近になって知りました*4

 月日は流れ、最近になってまたフェルマーの最終定理に触れる機会がありました。それは加藤文元先生が講師を務められた「ロマ数ゼミ フェルマーの最終定理の風景」です。 romanticmathnight.org

 このロマ数ゼミでは、具体的な数学の解説と、証明のover viewをご講義いただきました。この中で、「谷山・志村予想」を解決することでフェルマーの最終定理が示されてたことを知りました。「谷山・志村予想」とは、「すべての \mathbb{Q}上の楕円曲線はモジュラーである」ということです。ここで、 \mathbb{Q}上の楕円曲線というものが出てくる訳です。

 ここで  \mathbb{Q}上の楕円曲線というものに俄然興味が沸いてきました。

 その後、さらに「ロマ数トレラン 楕円曲線入門」というゼミ形式のセミナーが立ち上がり、参加することにしました。 romanticmathnight.org

 こちらは、Silverman and Tateの楕円曲線論入門をゼミ形式で進めるというもので、かなり具体的に計算をすることで、楕円曲線について知ることが出来ました。

 余談ですが、このゼミの中で、3次曲線に対して、有限位数の有理点をすべて求めるという問題が当該書籍の2.12にあるのですが、手計算するとべらぼうな計算量になるので、Pythonプログラムを作ってみました。 github.com  例えば、 y^{2} = x^{3} + 4 xの有理点を求めたければ、"0 4 0"と入力すると以下のような出力を得られます。

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計算例

 上記のような理由で、フェルマーの最終定理の証明を理解したくて、代数学の基礎から勉強しているのですが、もう一度、フェルマーの最終定理に至った歴史を振り返りたいと思ったので、最近敬遠しがちだった数学読み物も読んでみようと思い、表題のとおりサイモン・シンの「フェルマーの最終定理」を読むことにしました。

サイモン・シンの「フェルマーの最終定理

概要

 本書を読む前は、フェルマーの最終定理が解かれるまでの経緯だけを詰め込んだものだと勝手に思っていたのですが、そんなことはなくて、なぜこの問題を考えるのか、どのようなモチベーションがあるのかを説明するために、数学の歴史を説明してくれています。すなわち、ピタゴラスの時代までさかのぼり、さらにフェルマーがこの予想を残すまでと、それを解くために様々な人がチャレンジしては新しい数学を生み出して行った様子が分かりやすく叙述されています。

 本書は、約350年間誰にも解かれていなかった予想を1994年にアンドリュー・ワイルズが証明したことで、BBCテレビのドキュメンタリー番組『ホライズン』で特集されることになったことがきっかけで、サイモン・シンが番組制作の過程で知り得たことと、会話と、フェルマーの最終定理が解かれるまでの様々な歴史を本にまとめたというものになっています。

 本書の流れとしては大まかに以下のとおりでした。 ①冒頭部:著者がワイルズにインタビューを行う様子が描かれている。 ②背景:フェルマーの最終定理が生まれるまでの数学の歴史を数学の創成期から紹介している。 ③本論:フェルマーの最終定理自身の話。谷山・志村予想を解決出来ればフェルマーの最終定理が解決するという辺りの話。 ④エピローグ:フェルマーの最終定理以外の未解決問題の紹介や、数論以外の数学の話を紹介している。

おもしろかったところ

 数学のかなり多くの分野の話題に触れているので、まったく数学に親しくない人でも色んなことを知ることが出来る特盛の書籍になっています。たとえば、ドイツの暗号機エニグマゲーデル不完全性定理、四彩色問題などです。  文量が多く、面白い箇所が多すぎるので、ここからは列挙形式で書いていきます。ここで、””に囲まれた部分は新潮社「フェルマーの最終定理」(新潮社、著:サイモン・シン、訳:青木薫)から引用した文章であることを表しています。

www.shinchosha.co.jp

ピュタゴラスは、生徒のピュタゴラスが授業に出るたびにオボロース銀貨を三枚与えた”

 生徒の名前ピュタゴラスというのは、まあ置いといて、話を聞いてもらうためにお金を払ったというのは、なんだか日曜数学会の講演者がお金を払って講演を聞いて貰っている構図に似ているなあと思ったり。関西日曜数学友の会でも、先に講演者枠が埋まるので、数学好きは昔からお金を払って話を聞いて貰っていた訳です。2600年もの歴史がある由緒正しい方法だったと言ったら言い過ぎですかね。

フェルマーが特定の数学者から影響を受けたという記録はない。そのかわりに彼を導いたのが『算術』だった。『算術』はディオファントスの時代のままに、問題とその解法を通して数論を語ろうとしていた。”

 このディオファントスの『算術』のフランス人のバシェによるラテン語訳に余白が多く、その余白を利用してフェルマーは様々なコメントを書いていたという。それは確かにフェルマーの最終定理の証明を書くには余白が小さ過ぎるというものですね。この本を読んで、ますます『算術』を読んでみたくなりました。どこかにフェルマー追記版の『算術』の写しがあれば、コレクションとして欲しいですね。

”E・T・ベルは『最後の問題』のなかで、「おそらく文明はフェルマーの最終定理が解かれる前に滅びるだろう」と書いた"

 なんとか滅びる前に解けましたね。良かった良かった。

"『悪魔とサイモン・フラッグ』のなかで、悪魔はサイモン・フラッグに問題を出すように言う。二十四時間以内にそれに答えることができたら、悪魔はサイモンの魂をもらう。答えられなければ、悪魔がサイモンに十万ドルを支払うというのだ。そこでサイモンが出したのがこの問題だった。"

 未解決問題を悪魔にぶつけるというのは良いアイデアですね。さらに、この後の悪魔の捨て台詞が数学用語だらけで実におもしろいので、機会があれば、この作品自体も読んでみたいです。

"虚数という概念は、現実世界にはなかなか対応物を見つけることができない。十七世紀ドイツの数学者ゴットフリート・ライプニッツは、そんな虚数の奇妙な性質をいとも優美に表現した。「虚数とは、神なる聖霊の頼もしき拠り所にして、存在と非存在の相半ばするものなり」"

 17世紀にも虚数の対応物を求めるような話があって、400年くらい経ったのに、まだ同じような話題があるというのも面白いですね。ライプニッツみたいに、神なる聖霊の拠り所という解釈にしてしまうのも一つの手なんですかね。知らんけど。

"画家や詩人の作るパターンが美しいように、数学者の作るパターンも美しくなければならない。色や言葉と同様に、数学の概念は調和していなければならない。美こそは第一の試金石である。醜い数学に永住の地はない。 G.H.ハーディ"

 ラマヌジャンを見出したハーディ。こういう言を残していたとは知らなかったけれど、自分も気持ち的にはこういう感覚で数学を見てるなあと思う。

"一見すると関係のなさそうなテーマ同士が結びつくことは、どんな学問分野においてもそうであるように、数学においても建設的な意義を持っている。"

 数学以外の分野で、元々別々に考えられていた電気と磁気が実は深く関係するということが後に分かったという話が書いてあり、そういう説明をすれば異なるテーマ同士が結びつく重要性を分かり易く説明できるのだなあと感心しました。

おわりに

 つらつらと面白かった箇所を書いていきましたが、まだまだ面白い話はこの程度ではないし、あまり一般的には理解されにくい「数学を勉強する・研究する」ことのモチベーションを、さまざまな分野の数学を交え、歴史を紐解きながら解説してくれる数学読み物だと思います。

 この本は、普段、数学と関わりのない人にも十二分に楽しんで読んで貰える本だと確信しています。ぜひ、周りの方にもおすすめしてみてください。

 ここまで読んで頂いた方、ありがとうございました。

 それでは、おやすみなさい。

*1:フェルマーは、「証明を思いついたがそれを書くには余白が小さ過ぎる」とだけ書き残していたため、フェルマー自身が証明したものではないし、おそらく証明出来ていなかっただろうということで、定理ではなくフェルマー予想と言った方が良いという説があります。

*2:私は本を全く読まないタイプの子供だったので、ものすごい偶然でした。

*3:この本の題名は覚えていないので、心当たりのある方はご教示いただけると幸いです。

*4:こちらがサイモン・シンの原著「FERMAT'S LAST THEOREM」です。https://simonsingh.net/books/fermats-last-theorem/the-book/