onewanのメモ帳

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『人と数学のあいだ』を読んで

最初に

 先日販売された、東工大の数学科教授 加藤文元先生の新刊『人と数学のあいだ』を読了しましたので、読んでいて思ったことをつらつら書かせて頂きます。

 本書は、文元先生と数学以外の領域の方との対談をオムニバス形式で紹介した内容となっておりました(下記発行元のトランスビューさんのページもご参照下さい)。 www.transview.co.jp

それでは、ざっくりですが感想を書いていきます。

感想

第1章 数学することは生きること 竹内薫( サイエンス作家)

ルービックキューブ群論、接吻数と超ひも理論の話など興味深い話が盛りだくさんでした。未来の数学の姿として、圏論・トポスという言葉も出てきたので、これらの概念には一度入門したいですね。

第2章 数学と文学の交差点―すべての表現者は孤独か? 岩井圭也( 小説家)

 岩井先生は「永遠についての証明」の中で、数学者は理論を想像するというよりも見出すのだという内容を書かれておられるそう。  数学の理論は発明か、発見かのような話題もよく見かけます。私は知財(特許)が本業なのですが、特許法における発明は、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(第2条第1項)という定義であって、数学の理論そのものは「自然法則を利用したもの」に該当しないので、発明とは認められません。もちろん、数学の理論を使って何かしらのハードウェアで実現したものであれば話は異なりますので誤解の無きよう。(知財の解説をすると膨大な記事になるので割愛します。)

 この章でブルバキ(Bourbaki)の話が出てくるんですが、ブルバキって教科書という意味だったんですね。知らんかった。

 ブルバキの話の流れで共鳴箱の理論という話題が出てきます。共鳴箱の理論というのは、優れたアイデアを持った人には、その人の出す「音色」に共鳴してくれる他者が必要だということらしいです。  これは数学に限らず、自分の考えをまとめる際に他人に聞いてもらうと整理し易いという話にも通じますね。そういえば、プログラマーには、ラバーダッキングというアヒルの人形に話しかける簡易手法があるというのを見たことがありますが、数学のゼミもこれらに似てますね。他人に分かって貰うために準備して、さらに指摘して貰うというのは学習方法としてはとても良いと思うので、他の分野でも応用出来そうだと思っています。

 リウヴィルがガロアの理論を広めるに至ったのは、数学会の政敵がガロアを批判したからその反論としてガロアの理論を深く理解しようと試みたというのもあるらしいです。  人が一度にかけられる労力なんて高が知れているので、何かしらモチベーションが無いと動かないし、主流・傍流というものが出来てしまうのも、数学の世界であっても同じなんですね。

第3章  数学と脳科学―数学者の精神と脳科学の数理 上野雄文( 精神科医脳科学者)

 数学の世界だと、物理と違って実験して正解を得るということが出来ないので、人間の頭の中での<正しさ>を他人と共通理解することになるという話がありました。  やはりそこは論理の客観性を追求することになるのだろう。公理系から導き出される論理的帰結がそれに該当するのだろうけれど、さらに深堀りして共通理解であることを確認するのは認知の話にもなるので、これ以上は語り辛いですね。

 クロネッカーの青春の夢にもあるように、夢は数学を動かしている原動力の一つで有限な生命だからこそ人間は意志のちからがあるのかもという話がありました。  人間は、身体の構造というハードウェア的な条件がそもそも精神に影響を与えているのではないかという話をどこかで聞いた覚えがあります(東大の暦本先生か、稲見先生だった気がします)。ということは、自身の存在を錯覚させるような身体拡張もしくはxRなどを用いた状態でいろんな思考を巡らせると、新たな知見が得られるのでは?

 科学的に確証にまでは至っていないけれど、頭頂葉前頭葉が数学力と関わりがあるかも知れないという話もありました。  数学力もそうですが、人の能力や精神が脳でどのように構成されているのかを解析出来てしまったとき、どうなってしまうんでしょうね。

第4章  数学は「役に立つ」のか? 川上量生( 実業家)

 プログラミングのコードの複雑性を表す指標として循環的複雑度というものがあり、ifやループなどの分岐や外部サブルーチンを参照するたびに1増えるという。  フローチャートを図形と見ると、確かに幾何学的に判断しているとも言えて、幾何学の知見がいろんなところで役に立つのかも知れない。

 法律の条文の整合性を担保するために情報科学の手法を取り入れる考え方は「法令工学」と呼ばれて研究が進められているという。  これは法務系に関わる者として面白そうなので、どこかで見ておきたい。

 人間は基本的に情報圧縮アルゴリズムだと考えられるのではないかという。  これはたしかにそうなのかも知れない。仕事をしていても、膨大な文章をやり取りするのだけれど、要点はどこにあって、論点は何かを示さないと全文を読む羽目になり、時間が浪費される。情報圧縮アルゴリズムを通した内容でやりとりして欲しい。

 空間の考え方の変遷という項目が最後にありました。ここの話は、多様体、スキーム論、圏論・トポスと時代的に考え方が変わったという話でして、最後に圏論の紹介がありました。本書には詳述されていますが、なるほどという内容でした。

さいごに

 本書は数学を主題として異分野との関わりを紹介する内容で、個人的にも常日頃考えている話題にも近く、200ページほどありますが、すらすら読む事ができました。皆様もこの年末年始に読まれてみてはいかがでしょうか?